「イメージが作り出す新しい現実」

 気がついたら2002年も残すところあと1ヶ月と10日ほどになっていた。びっくりした。今年の夏、東京は連日、尋常ならざる猛暑だった。なのに気がついたらいつのまにかすっかり寒くなっていた。関心空間のトップでは「鍋」の特集だ。え~っ、あの暑さはいったいなんだったんだ~、熱中症になりかけた(ホントです)あの夏の暑さは、いったい何処に~、などと今頃びっくりしている自分に、もっとびっくりした。

 丸山真男が、現実がイメージを作るのではなくイメージが現実をつくるみたいなことを言っていたということを、どこかで小耳にはさんだことがあるのを、ふと思い出した。丸山真男がイメージというものについて具体的にどんなことを言っていたのか、知りたくなり、調べてみた。どうやら『日本の思想』という本のなかでそういったことを言っているらしいことが分かった(インターネットさん、ありがとう)。そこでさっそく本屋さんに出かけ『日本の思想』を入手。見つけた。「思想のあり方について」だ。

 丸山真男は次のように語りはじめる。

「われわれが作るいろんなイメージというものは、簡単に申しますと、人間が自分の環境に対して適応するために作る潤滑油の一種だと思うのです。つまり、自分が環境から急なショックを受けないように、あらかじめ個々の人間について、あるいはある集団、ある制度、ある民族について、それぞれイメージを作り、それを頼りに思考し行動するわけであります。」

 なるほどね~。

「ところが、われわれの日常生活の視野に入る世界の範囲が、現代のようにだんだん広くなるにつれて、われわれの環境はますます複雑になり、それだけに直接手のとどかない問題について判断し、直接接触しない人間や集団のうごき方、行動様式に対して、われわれが予測あるいは期待を下しながら、行動せざるをえなくなってくる。つまりそれだけわれわれがイメージに頼りながら行動せざるをえなくなってくる。… イメージと現実がどこまでくい違っているか、どこまで合っているかということを、われわれが自分で感覚的に確かめることができない。つまり、自分で原物と比較することのできないようなイメージを頼りにして、われわれは毎日毎日行動しあるいは発言せざるをえなくなる…」

 じつに興味深いお話。面白くって、どんどん話に引き込まれていく。そしてそのうちこれが今から45年前に発表されたものだと言うことさえ忘れてしまいそうになる。と言うことは、え~っ、「日本」って45年前とたいして変わってないってこと?なに、それ。どういうこと~?

 と、とてもびっくりしたので、「思想のあり方について」の内容を要約する小見出しを以下に列挙。

「人間はイメージを頼りにして物事を判断する」「イメージが作り出す新しい現実」「新しい形の自己疎外」「ササラ型とタコツボ型」「近代日本の学問の受け入れかた」「共通の基盤がない論争」「近代的組織体のタコツボ化」「組織における隠語の発生と偏見の沈澱」「国内的鎖国と国際的開国」「被害者意識の氾濫」「戦後マス・コミュニケーションの役割」「組織の力という通念の盲点」「階級別にたたない組織化の意味」「多元的なイメージを合成する思考法の必要」

 「思想のあり方について」:1957年(昭和32年)6月、岩波文化講演会での発表。初出『図書』第96号;『日本の思想』岩波新書(1961年)所収。