読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Patti Smith, LAND

 いろいろ思うところがあって、今月初め、パティ・スミスの最新作、2枚組CD『LAND (1975-2002)』を買った。それからずっと、この『LAND』の2枚の CD とパティ・スミス・バンド1976年発表の名盤『RADIO ETHIOPIA』の CD を、ほぼ毎日、繰り返し聴き続けている(途中、ストーンズの『BEGGARS BANQUET』も聴いてたけど)。

 パティ、やっぱ、かっこいいよ。どんなに年をとってもパティはエネルギッシュで若々しい。

 それは彼女の永遠なるアーティスト精神のせい、あるいは、「人は成熟するにつれて若くなる」(ヘルマン・ヘッセ)からなのかなあ。

 2002年1月1日の日付が記された『LAND』に寄せたパティからのごあいさつの言葉はこんなふうな書き出し。

 「からっぽの空を見つめたまま、新しい年を迎えた、まるでアキテーヌ公のときと同じように、わたしたちの塔は崩れ落ちた。」

 「からっぽの空 (an emptied sky)」。それは N.Y. の空のこと。「わたしたちの塔 (our towers)」。第一義的には、ワールド・トレード・センターのツインタワー。だけどその表現の直前に「まるでアキテーヌ公のときと同じように (like the Prince of Aquitaine)」と書かれている。どういう意味?

 おそらく彼女の頭のなかにあったに違いないのは、アキテーヌ公ギヨーム。そして、クリュニー修道院のこと。おそらく。

 アキテーヌ公ギヨームは、910年、フランス中東部ブルゴーニュ地方のクリュニーという町にクリュニー修道院を設立。この修道院は、世俗権力の支配から完全に自由な、祈りと知的生活(読書や研究)の聖なる場所として、12世紀には欧州最大の修道院(修道院改革運動の中心)となった。が、15世紀を境に、この修道院は精神的荒廃への道をたどり、フランス革命期に閉鎖、現在その町にはかつての修道院の建物の一部しか残っていない。

 もし、こうしたことをふまえたうえで、再びパティの言葉に立ち戻るとき、60年代、まさに世界のアートシーンの中心だった N.Y. は、敬虔なる信仰の拠点としてのクリュニー修道院と重なり合い、と同時に、「わたしたちの塔は崩れ落ちた」という表現が、 N.Y. のアーティストたちがよりどころとしてきた「なにか」が崩壊し終わりを告げたということを暗示することになる…。

 けど、パティの精神は今もなおロックシーンにおいて継承されていると思う(そう思いたい)。たとえば『LAND』DISK1 の7曲目「People have the Power」なんて、すっかり U2 だよね(もちろん U2 のサウンドがパティに似ていると言ってるわけです)。少なくとも U2 --彼らはアイルランド出身だけど--は、パティの正統な後継者にわたしには思える。サウンド的な話だけじゃなくて、精神面で、特に。

 『LAND』DISK2のラストは "Listen my children and you shall hear / The sound of your own steps" からはじまる "Notes to the Future" という詩、彼女の子供たち、すなわち、彼女に続く者たちへのメッセージ。

 『LAND』のジャケットはロバート・メイプルソープによる写真。目隠しされた彼女が、手探りするように壁に手を伸ばしている(キーワードの添付画像がそうです)。けど、考えてみれば、わたしたちだって同じように目隠しされ、手探りで壁をつたうように生きているわけで、未来は見えないわけで、だけど、それでも / だからこそ「未来は…一方向だけに進んでいる訳ではないワ……私達が選択できる未来もあるはずよ……」(大友克洋『アキラ』)、そうだよね、パティ、などと小声でつぶやいてみる。

 ところで、いろいろ思うところというのは、

 1. 先月「ロバート・メイプルソープ展 (Robert Mapplethorpe retrospective)」を見に行った、

 2. 真のロック・スピリットと想像力の勝利を体現する映画『Hedwig and the Angry Inch』の「Midnight Radio」という曲のなかでパティたちが賞賛されていた、

 3. ゴダール (Jean-Luc Godard) の映画『ヌーヴェルヴァーグ (Nouvelle Vague)』(1990年度製作) で『RADIO ETHIOPIA』収録曲「Distant Fingers」が使われていた、

 4. アーティストになる前からストーンズの熱狂的ファンだったパティは、ゴダールの映画『ワン・プラス・ワン (One Plus One)』公開時には、5日間映画館に通い続け朝から晩まで映画館にこもって、何度も繰り返しこの映画を見ていたらしい、

 5. そんなわけで、ゴダールを尊敬しているパティは、ゴダールの映画に出たかったと言っているから(1995年実際にゴダールからの映画出演依頼があったらしいのだが、パティ側の都合で実現できなかったらしい)、

 などということ+α。

の画像