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日本ではじめてのゴダール監督記者会見

「映画とは、ある国民が自分自身の姿を見極めようとするやり方だと思う。真の意味でのレジスタンスを描いた唯一の映画は、一九四五年の『無防備都市』(ロベルト・ロッセリーニ監督)だけだ。その作品が、なぜナチスドイツと組んで、もっとも早く戦争に負けたイタリアで生まれたのかを、考える必要がある。」

 第14 回高松宮殿下記念世界文化賞日本美術協会主催)受賞のため、36年ぶりに来日したジャン=リュック・ゴダール監督は、2002年10月23日(Wed)、日本で初めての記者会見に応じました。ゴダール監督によるその記念すべき日本初のしかも一時間半にもわたる記者会見。冒頭に引用したのはこの会見でのゴダールの発言。この会見でのゴダールの言葉もまた、ゴダール映画のセリフ同様に、わたしにとって、かなりの感動ものでした。

---昨年九月十一日の米中枢同時テロ後の米国の強硬的な外交をどう思うか

Godard:「私は映画作家にすぎず、映画の中で自分の思いを語るだけ。意見はあるが、三分間で語れるようなものじゃない。ただ、映画的な見地から言えば、テロ一年の式典で、貿易センタービル内部で死んだ人の名前は読み上げられたが、飛行機で死んだ人の名前は読まれなかった。この点に感慨を受けた」

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 (Lucy の感想)

 この人はこういうところに目をつける。こういう事

 実に敏感に反応し指摘する。これがゴダールという

 人なのだ。

---映画が現実に対して貢献できることはあると思うか

Godard:「映画は文学や絵画と同じで、世界の見方を示すだけだ。映画でよい見方を示すことができれば、観客が現実に対して貢献するだろう」

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 (Lucy の感想)

 「語る」のではなく「提示する」だけ。「見方」を

 示すだけ。そう、それがゴダール映画。

---半世紀も映画を撮っているのはなぜか

Godard:「他のことができないから(笑い)。(作家で映画監督の)マグリット・デュラスが『映画はとても簡単だ。すべて機械とスタッフがやってくれる。あなたはただ見て、聞いていればいい』と言っていた。でも、年を取るにつれ、見ること、聞くことがとても難しいことだということがわかってきたよ」

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 (Lucy の感想)

 ゴダールが言うのです。「年を取るにつれ、見るこ

 と、聞くことがとても難しいことだということがわ

 かってきたよ」と。あのゴダールが言っているので

 す。「見ること、聞くこと」は「とても難しいこと

 だ」と。それが「年を取るにつれ」「わかってき

 た」と。「見ること」「聞くこと」とは、それほど

 奥が深いのです。まさに命がけの主体的行為。

---あなたの作品にはいつもカップルが登場する

Godard:「確かに私の作品はカップルを中心に据えたものが多かったが、だんだん疑問を感じて、社会そのものを主題にすることが多くなり、カップルを単に男と女としてではなく、より大きな意味でとらえるようになった。ただ、興行ということを考えると、男と女が主題として出てこざるを得ないだろう」

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 (Lucy の感想)

 またもや重要な発言ですね~。「カップルを単に男

 と女としてではなく、より大きな意味でとらえるよ

 うになった。」だからこそゴダール映画の意味の重

 層性が生まれてくる。だからこそゴダール映画は面

 白い。

---では、今一番興味を持っているテーマは

Godard:「次回作は『われらの音楽』というタイトルで、この作品を見てもらえば分かる。内容は三部構成で、第一部が『第一王国(地獄)』、第二部が『第二王国(煉獄)』、第三部が『第三王国(天国)』となっている。口で説明できるくらいなら、この映画をつくる必要がないということになる」

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 (Lucy の感想)

 この時点でのゴダールの一番の関心とは、次の映画

 の製作。うれしいですね~。ホントうれしいです。

 『われらの音楽』というタイトルの新しい映画。心

 待ちにいたしております>ゴダール様(ダンテの

 『神曲』なんか読んでると少しは予習になりそうか

 なぁ?)。「口で説明できるくらいなら、この映画

 をつくる必要がない」。こういう考え方というか、

 こういうことをぱっと口にするとこも好き。

 というわけで、インタビュー記事はもう少しあるのですが、今日のところはここまで。

 以上、引用は産経新聞記事より(詳細は更新時に加筆いたしま~す)。

添付画像は若い頃のゴダール。横にいるのが『大人は判ってくれない』で有名なジャン=ピエール・レオー。

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