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「象を撃つ」

《ところがその瞬間、私はちらっと、ついて来た群衆を見た。それは巨大な、最低二千人はいる人波で、一分ごとにますます大きくなってきていた。道の両側を、ずっと向こうまでしっかり塞いでる。けばけばしい色の服の上の、黄色い顔たちの海を私は見た。どの顔もひどく嬉しそうで、このちょっとしたお楽しみにわくわくしている。象は撃たれるものと誰もが確信していた。手品を演じようとしている手品師を見るみたいに、彼らは私を見ていた。誰も私のことなんか好きじゃない、だが、両手に魔法のライフルを持ったいま、私はつかのま見物に値する存在に変身したのだ。そして私は一気に悟った。やはり象は撃つしかないだろう。人々はわたしにそれを期待しているのであり、私はそうするしかないのだ。二千人の意志が、私をぐいぐい前に、否応なしに押しているのが感じられた。そしてこの瞬間、ライフルを両手に抱えて立ちながら、私は初めて、東洋における白人支配の虚ろさ、空しさを実感した。私はここで、銃を持った白人として、武器を持たない現地人の群衆の前に立って、一見劇の主役のように見えている。だが実のところは、背後の黄色い顔たちの意志によって前へうしろへ押されている滑稽な操り人形にすぎない。その瞬間私は悟った。白人が圧政者となるとき、彼が破壊するのは彼自身の自由なのだ。》

------- ジョージ・オーウェル「象を撃つ」( 柴田元幸訳 『monkey business』2009 Spring vol. 5 対話号 掲載 )