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信ずることと考えること―講義・質疑応答 (小林秀雄講演)

《「もしも ひよが鳴かなかったら

わたしは気が変になったと思うのである

ただ幸い 

わたくしはそのあと 生活の苦労を 

非常な生活の苦労をしなければならなかった

そのためにわたしは救われたのである」

と書いてあった

ぼくはそれを読んだときにねえ

非常に感動しましてねえ

ははあ これでぼくは柳田さんという人が分かったと思いました

そういう人でなけりゃ 民俗学なんてものはできないんですよ

民俗学ってのもひとつの学問です

学問だけども科学ではないですよ

科学の方法なんてな あんな狭っ苦しい方法では民俗学という学問はできないです

それからもっと大事なこと

もっと大事なことは

ひよが鳴かなかったら発狂するってような そういう神経を持たなけりゃあ

民俗学ってものはできないんです

そういうことを諸君 よく考えてごらんなさい

諸君は目が覚めないか

そういう話を

ぼくはねえ 本当にそん時に はっと感動してねえ

あっ 柳田さんの学問の秘密ってのはここにあったんだ と

こういう感受性にあったんだ と 》

ーーー『信ずることと考えること―講義・質疑応答』 (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第 2巻) CD 1 「文学者・柳田国男

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小林秀雄の講演はとてもおもしろい。語りがすばらしい。

多くの講演のなかでもここに引用した講演はとくに強くわたしの心に残る。

柳田国男は晩年『故郷七十年』という本を口述筆記した。そのなかに14歳の時の思い出について柳田国男が語っている箇所があり、その逸話に興味を惹かれた小林秀雄は聴衆に要約して聞かせている。以下がおおよそのその逸話の内容:

身体の弱かった柳田国男は14歳の頃、預けられていた家の近くの旧家で本ばかり読んで毎日を過ごしていた。その旧家の奥には土蔵があり、その土蔵の前の小さな庭には石で作ったほこらがあった。それは「おばあさんのほこら」と呼ばれ、その家の死んだおばあさんを奉ったものだと聞かされていた。14歳の柳田少年は、そのほこらのなかがどうしても見たくてしょうがなかった。そしてついにある日、その石の扉を開けて見た。するとそこには、握りこぶしほどの「蝋石(ろうせき)」が無造作に置いてあるだけだった。それを見たとき、柳田少年は奇妙な感じに襲われ、その場にしゃがみ込んでしまった。空を見るとそこには晴れやかで真っ青な春の空に、星が見えた。なんだか妙だ、こんなときにこういう星が見えるはずがない、と冷静に考えながらも、奇妙であやしい気持ちは消えることがなかった。その時、ぴー、と、ひよの鳴き声が聞こえた。柳田少年は、ぞっとして我に返った。

この逸話を読んだ小林は、柳田国男という独自の学問を構築しえた人間の秘密について上記に引用したような語り口で、どこまでも熱く語りつづける。

柳田国男の子供の頃の妖しい体験。

おばあさんの魂。

それらについて語る小林秀雄の真剣な語り口。

小林の声に宿る魔法のような力(ちから)。

この講演は何度聴いても飽きない。

日常、わたしが時たま(と言いつつ、実はしばしば)経験する妖しい気持ち、この世とあの世との境界がすでに消え去ってしまっているような感覚。

けど、わたしにも、わたしの「ひよ」がいて。ぴー、って鳴いてくれて。だから助かってここにいる。

だれしも、生きてる限りは霞を食べて生きていけるはずもなく、だからこそ現実の生活の苦労は避けられず、だが、それが正気を失わずにいられる助けになっていると考えるなら、それも多少の慰めになるというもの。少なくとも、わたしは慰められたのだから。

柳田国男の「山の人生」に収録されている逸話についてかたる小林秀雄の話にも耳を傾けてもらいたいものがあります(「信じることと知ること」『信ずることと考えること』小林秀雄講演第2巻)。

柳田 国男『遠野物語・山の人生』 (岩波文庫)

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水木しげる水木しげる遠野物語

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シャフルモードにしてるとき、マイルス・デイヴィスの演奏のあとに小林秀雄が突然話し始めたりすることがあり、 iPod のなかの小人さんたちの選曲はいつもながらすばらしいと感心する。

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