ゴダール『パッション (Passion)』

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 2002年9月3日 (Tue) シネアミューズ(渋谷)にて、ゴダール監督映画作品『パッション (Passion)』(1982年度製作)を見る。同年10月25日 (Fri) シネセゾン渋谷にて「秋のゴダール・コレクション・ナイト」(ゴダールの20作品連続上映企画)のラスト作品として再び『パッション』を見る。

 

 なにから語っていいのか…。

 

 そう、ゴダールの『パッション』。この映画、とてもよかったということ。このことをまずは明確に述べておかなくては(もっとも、この映画も、というのがより正確なのだけれど)。

 

 「秋のゴダール・コレクション・ナイト」で『パッション』の前に上映されていたのが、当時の世界的トップスター、ブリジッド・バルドーを主演に起用した『軽蔑(Le mepris)』(1963年度製作 / 原作: アルベルト・モラヴィア「軽蔑」)。この映画も、よかった。どういうところが?そう、女性特有の微妙な心の動きがものすごくうまく描き出せてるところ、というか、女性のプライドの純粋さみたいなものが伝わってきたところ、というか、ヌードで後ろ向きに横たわるブリジッド・バルドーのヒップのラインがため息が出るくらい美しかったところ、というか、船や別荘の屋上での撮影現場シーンで、ちょこまかとまめに動き回る助監督役の若き日のゴダール(当時32歳)の姿が印象的だったというか(ちなみに、この映画の中で撮影監督の役をやっていたのがラウル・クタール)。が、如何せん、結末が暗いため、見終わって元気が出るという類の作品ではない、はず(でも、ちょこまかゴダールのおかげで撮影現場のシーンだけはなんとなく楽しそうだった)。

 

 だからこそ「秋のゴダール・コレクション・ナイト」上映ラスト作品として『パッション 』を見終えた時、ものすごくホッとして、救われた気持ちがした。元気になれた。明日への希望が湧いてきた。そういう意味合いにおいても『パッション 』は、すごくいい映画だった。

 

 「労働は愛に似ている」

 「労働は愛から来るの?」

 「労働は愛へと至る」

 これらの言葉の深さ。

 

 「政治の話をしているつもりが、気がついたら恩寵の話になっていた」(註1)。これも、心に残る、忘れがたいセリフ。

 

 映像もまた、忘れがたく、美しい。写実的名画の数々をそっくりそのまま生きた人間たちによって再現しようとする試み。しかも、生身の人間たちによるその絵画再現映像のなんと美しいこと(註2)。絵画へのオマージュとしての映画。でありながら、絵画のリアリズムに真っ向から挑みかかり、名画と競おうとするかのような映画。な、なんなんだ、こ、これは!こ、こんな映画、み、見たことないぞ~!と、またもや、心のなかでそう叫びながらゴダール映画を見ていた、わたくしである。

 撮影は、『ウィークエンド (Week end) 』(1967年度製作)以来15年ぶりに再びゴダール映画に戻ってきたラウル・クタール (Raoul Coutard)。

 

 ただし、映画冒頭の飛行機雲の映像(このキーワードに添付した画像がそうです)は、ゴダール自身が小型キャメラで撮影したもの。なにげない映像だけれど、「重力の魔」から逃れ、より高く、至高をめざして、といったメッセージが伝わってくるかのような思いがした。

 

 註1:「恩寵(おんちょう):(1)めぐみ。いつくしみ。恩遇。(2)[宗] (gratia ラテン grace イギリス)(ア)キリスト教神学で、神の恵み。罪深い人間に神から与えられる無償の賜物。(イ)自然的なものに対し、超自然的なもの。超自然的な宗教の世界を恩寵の国、啓示を恩寵の光という。恩恵。」『広辞苑』第5版における定義。

 註2:具体的には、レンブラントの「夜警」、ゴヤの「裸のマハ」「5月3日の銃殺」「カルロス4世の家族」、アングル「小浴女」、ドラクロワ「十字軍のコンスタンティノーブル入場」「天使と闘うヤコブ」、ワトー「シテール島への船出」。特に、映画監督としてのゴダール自身を投影している(と当然考えられる)ポーランド人の映画監督イェジーが、スタジオ内で出会い頭にぶつかった大きな翼をもつ天使(の格好をした役者)と組み合う場面の映像は、旧約聖書の逸話を題材にしたドラクロワの絵画「天使と闘うヤコブ」の再現なのだが、と同時に、ここには、創造行為 (Creation) において神(God the Creator)と格闘し続ける芸術家 (a creator) =ゴダール、という意味が込められているようにもわたしには思えた。

 

http://www.zaziefilms.com/godard/...

 

02年11月9日訂正内容:ブリジッド・バルドー主演の『軽蔑(Le mepris)』のタイトルを、なぜか「嫉妬」と誤って表記していたことに気づきましたので、訂正しておきました(ごめんなさい)。