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「テロに打ち勝つ平和運動」/ マシア神父からのメッセージ

「スペインでの3・11以降の一連の動き」について、上智大学で長い間教鞭をとられ、この2月にマドリードに帰られたばかりのマシア神父が、日本語による次のようなメッセージを送ってくださっているとの情報をいただきました。

スペインのひとたちの真に勇気ある姿に、深く心を揺さぶられました。

関心空間のみなさんにも、ぜひ読んでいただきたい!

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     J.マシア、S.J.

     (スペイン・コミリャス大学生命倫理研究所長)

 3・11に、スペイン人および多国籍社会のマドリードで生活している人々の心の中には、二つの実感がまざっていた。つまり、悲しい事件のつらさと、すばらしい出来事の刺激であった。悲しい事件というのは、3台の列車同時多発テロであった。すばらしい出来事というのは、平和を求める動きの盛り上がりであった。一週間以上経った今日は、アトチャ駅に何千本もの蝋燭が燃え続けている。その前に、一日中祈る人が集っている。壁や柱にも、蝋燭の合間の床にも、手書きの札が一杯。それを読むと、胸が高鳴る。「われわれはみな兄弟」、「あなたがたを忘れない」、「国籍の壁をやぶろう」、「戦争は解決ではない」、「あの列車の中にわれわれは皆のっていた」等々..。そして、3・14の選挙の結果引き起こされた政権交代によって、戦争反対と平和支持の運動への明るい展望が開かれた、スペインのこのごろである。では、その出来事の実感が覚めないうちに、以下の箇条書きをまとめることにした。平和と和解の世の中を作っていくために、日本の読者にとって参考になれば幸いである。

 

1. 多国籍社会の被害者。

犠牲者の大部分は、移民労働者と学生だった。モロッコ人もふくむ11の国籍の人々であった。在留許可を持たない人もいると推測されたが、政府は被害者とその家族に在留許可を与え、国籍がほしければそれも与えると発表して、かれらを安心させた。「たとえ不法入国者だとしても、安心して病院にいらしてください」と述べた法務大臣の対応の仕方が、注目された。マドリッド市長の言葉も、印象的だった。「この事件をきっかけに、けっして移民やイスラム系の人々一般に対して、差別してはいけません。彼等はわれわれであって、われわれは彼等である」と。

2. 教会はあくまでも平和を訴え、戦争に反対する。

爆発が起こった駅のそばにあるイエズス会の教会で、マドリード枢機卿がミサを行い、和解と平和を訴えた。多くの教会でも、死者の冥福を祈り、平和を求める集いが行われた。説教の中で、次の訴えはよく聞こえた。「テロに打ち勝つのは、爆弾や戦争でもなければ、嘘や暴力でもない」。テロリストにも、犠牲者の中にも、モロッコ人がいたが、モロッコで行われた犠牲者の葬儀では、カトリックの司教と、イスラムのイマム(導師)と、ユダヤ教のラビ(聖職者)が共に祈り、平和を訴えた。

3. 諸宗教の反省。

スペインのいくつかのイスラム教のモスクの責任者たちは、テロ事件を断罪し、被害者の冥福を祈った。「イスラムのテロ」という言い方をやめて、われわれは「アルカイダのテロ」というべきであろう。イスラムの中でも、自分達の伝統について反省をおこなっている宗教者もいれば、原理主義的にコランを解釈するものもいる。キリスト教の中でも、福音的な平和をもとめる者もいれば、原理主義的に戦争を宗教で正当化しようとする者もいる。どの宗教でも、自己反省が必要である。キリスト教は、十字軍や宗教裁判に対して反省と謝罪をしたように、諸宗教におけるその歴史にみられた、それなりの暗いところを乗り越える必要がある。

4. 戦争は解決ではない。

イラクへの先制攻撃は、テロにうちかつどころか、それを増やしたことが、あまりにも明確になった。チェチンに対するロシアの態度も、パレスチナにたいするイスラエルの攻撃も、ますます暴力の連鎖を招いている。ブッシュ大統領の側近で力を握っている「軍人」と「企業」と「原理主義的なイデオロギー」に反対することは、世界的に現在の最も緊急な課題である。

5. 「テロとの戦い」という言葉を避けて、「テロから市民を守り、暴力から解放する」と言う方が適切である。

テロリストたちのことを「敵軍」とみなすよりも、「犯罪人」とみなすべきである。そうした犯罪に対する国際的な対策は、必要であることが認められる。しかし、その対策は、ミサイル、戦争、爆撃などではなく、別な方法を取るべきである。例えば、テロリストの金銭的源泉を制御したり、テロリストが育つ国の協力を得たり、警察の国際的な協力を強めたりすることが、あげられる。しかし、イラク戦争での過ちを、繰り返すべきではない。その過ちというのは、国際法を無視したこと、倫理的に認められない先制攻撃を正当化しようとしたこと、グアンタナモ基地で捕虜にされた人々の人権をまもらず、法治国家のルールをやぶったこと、全世界でテロを引き起こす原因を増やしたこと(9・11やバリ島やカサブランカマドリッド等でテロによって死んだ人の数よりも、アフガンやイラクで死んだ一般市民の数が多い)。

6. 一般市民こそ主人公。

3月13日の平和行進には、雨の中、205万人が参加した。若者、お年寄り、乳母車に赤ちゃんを乗せた若い夫婦。プラカードには、「平和」の言葉が目立った。テロ反対の行進は、戦争反対と平和を求めるものでもあった。やはり、9・11の時とは、さまざまな面で違いが見られる。主体は政治家ではなく、一般市民であった。

7. 政治家の操作と軍事の力よりも世論の声が強い。

当初から、国際テロではないかという推測があったが、それを隠してスペイン内部の問題だと見せかけようとした政府の対応は、市民の反感をかった。一年前に戦争を支持した、現政権への批判が高まった。選挙の結果は、政権交代が実現した。

8. 恐怖の投票よりも勇気の投票だった。

テロの恐怖の中で選挙が行われれば、 与党・保守党が勝ち、テロへの対応が米国追従になるかもしれないと予測した人々もいたが、結果は、一般市民による平和への叫びが勝った。決してテロリストに譲ったからではなく、テロと暴力と戦争などに打ち勝ちたいからこそ、われわれは政権交代をもとめたのである。

9. われわれは皆被害者。

10歳のこどもが、記者から聞かれていた。「あの電車の中に学校の友だちがいましたか」。答えは、「殺された200人は、僕の兄弟です」。なるほど、彼は被害者とともに痛みを感じ、自分も被害者だと感じていた。

10. われわれは皆加害者。

霊安室で遺体を運んでいた職員は、心の痛みでたまらなくなって、「殺人者を殺せ」と叫び出した。彼を慰めたのは、被害者遺族であった。一部分しか残らなかった殺された子どもの遺体を前に、立っていたお父さんは、その職員を抱きながら言った。「おちついて下さい。私たちは復讐を求めない。戦争と憎しみは、もうたくさんだ。平和、平和を…殺された息子の死が、無駄にならないよう … 私も怒っているけれど、暴力を止めましょう。黙って祈ったほうがよい…」。放送されたこの言葉には、録音していた放送局員の泣き声が、混じっていた。

11. 許し合うこころこそ暴力に打ち勝つ。

犠牲者遺族から、次のような手紙が届いた。「私は3・11で息子を殺されました。痛みで胸が一杯ですが、私たちと共に泣いてくれた人々を通して、神の慈しみを感じさせられました。みなさんにも、お祈りをお願いしますが、それは、息子のためではなく(なぜなら、息子は天国にいるからです)、テロを実行した人々と、それを計画した人々のために、祈ってください。彼等がもたらした傷をいやすため、また、彼等を支配している悪を、彼等自身がそれを乗り越えるために必要な愛を見出すことができるように、祈ってください。私たちは、息子の遺体を前にして、暴力が世の中からなくなるよう、全力を尽くすことを誓いました。世界に暴力より愛を選ぶ人々が増えれば、いくらテロが起きても、愛が打ち勝つと確信しています」。      (マドリッドにて、2004年3月20日)

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実に痛ましいこのマドリードでの 3.11のテロの3日後、スペインの総選挙が行われましたが、そこでのスペイン国民の選択をみなさんはどう思われましたか?

3.11のテロの直後、雨の中、傘をさしながら反テロのデモンストレーションに集まってきた人々の写真をご覧になりましたか?

マドリードでは200万以上の人々が、そしてスペイン全土では800万人もの人々が、街頭にくり出したのです。

そうした彼らが総選挙の際に示した意思表示に対して、「スペインはテロに屈した」などという短絡的な解釈を下すことができますか?

「テロに屈した」ですって?

いったい誰が?

彼らが?

テロの直後、街頭に自ら進んで出かけていった彼らが?

この、勇気ある人々が?

http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/...

スペインはテロに屈したなどという、思考停止状態の発言は、スペイン国民を愚弄するものだと、わたしは考え、強い憤りを感じます。

スペインはテロに屈したという主張がどれほど見当違いかを指摘する社説が『ルモンド』に掲載されたとの情報を発信してくださってる方がいらしたので、お知らせします:

http://homepage.mac.com/...

2004年3月11日、マドリードで起きた列車同時爆破テロについての日本国内での報道:

http://www.nikkei.co.jp/sp2/nt50/...

NOTES:

マシア神父からこのメールを受け取り、みなさんに転送してくださっているのは、東京大学の山脇直司教授(社会哲学)だそうです(マシア神父のメッセージは転載・転送可とのこと)。

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